館林文化史談会

トピックス

会員の研究報告などからトピックスを順次掲載します。

        
 掲載日  内     容 資料
令和5年
10月3日 7月20日に生涯学習館林市民の会で講演を行いましたので、その講演資料を掲載します。
掲載したのは講演のレジュメと補助資料3点です。
演題は「館林の豊かな穀倉地帯の礎を築いた二人の館林城主~榊原康政、徳川綱吉の堤防工事~」です。
氾濫を繰り返した館林の北を流れる渡良瀬川、南を流れる利根川の堤防工事と、城下の直ぐ北を流れていた矢場川の流れを変えた治水工事について紹介しました。
これらの工事により豊かな田園地帯が生まれ、日光脇往還が完成するなど多くの恵みを産んでいます。
榊原康政と徳川綱吉の堤防工事
地質図から見た江戸城
康政の築堤
徳川綱吉の領地の内容
令和4年
12月18日 12月14日に生涯学習館林市民の会で野外研修を行いましたので、その講演資料を掲載します。掲載したのは研修資料です。
演題は「館林城ジオラマと館林城の門(後編・城址を歩く)」で、館林城にあった10の門の跡を歩く講座となる予定でした。
しかし、当日は強風が吹き荒れてしまいましたので、参加者の健康を考えて土橋門、丸戸張門、千貫門を深堀して紹介しました。
なお、研修資料には今回は見送った門の説明も含まれています。次年度には再度、全ての門を回りたいと思います。
館林城ジオラマと館林城の門(後編)
9月24日 9月22日に生涯学習館林市民の会で講演を行いましたので、その講演資料を掲載します。
掲載したのは講演のレジュメです。
演題は「館林城ジオラマと館林城の門(前編・ジオラマで学ぶ)」で、館林城ジオラマを使って館林城にあった10の門を紹介しました。
まず、城の門の一般知識と館林城の門の種類や建てられていた場所を学びました。次に第一資料館にあるジオラマを撮影した映像を見ながら、館林城の各郭とその出入り口である門の姿を紹介しました。
 ※館林城ジオラマの映像はファイルサイズの関係で掲載いたしません。
  第一資料館の館林城ジオラマ実物をご覧ください。
館林城ジオラマと館林城の門(前編)
4月4日 野外研修報告のページにも掲載しましたが、令和3年11月27日に行った野外研修「江戸と令和の善導寺を訪ねる」について、少し詳しい報告を行います。
詳しくは野外研修報告および掲載した報告書をご覧ください。
館林に住んで郷土史を勉強しながら、初代藩主の榊原家についてもまだ知らないことが多く、継続して研究していく必要性を感じました。
善導寺野外研修報告書
3月6日 2月15日に生涯学習館林市民の会で講演を行いましたので、その講演資料を掲載します。
掲載したのは講演のレジュメです。
演題は「館林藩主の系譜 ~大名となった藩主の家~」で、今後、個々の館林藩主についての講演も予定していますが、その前に藩主を輩出した「家」の話です。
藩主の「家」はどのような家系でどのような人(先祖や子孫)がいたのか、そして徳川将軍家とはどのような縁で大名になったのかを紹介しました。
 ※9月22日におなじ演題で2月に紹介できなかった大名家について講演しましたが、
  同じ資料を使用しました。(再掲は致しません)
館林藩主の系譜
令和2年
11月04日 10月9日に生涯学習館林市民の会で講演を行いましたので、その講演資料を掲載します。
掲載したのは講演のレジュメです。(講演で放映した日向村義民地蔵由来記のビデオは掲載しておりません。)
演題は「徳川綱吉と日向村義民地蔵」で、綱吉について、略歴/綱吉に関する館林の文書/綱吉に対する風評からその人物像を紹介いたしました。また、綱吉が館林藩主であった時代に発生した直訴事件の結果、処刑された18名の名主を祀る日向村義民地蔵について、その由来を語るビデオを放映して説明いたしました。
徳川綱吉と日向村義民地蔵
10月04日 9月15日に生涯学習館林市民の会で講演を行いましたので、その講演資料を掲載します。
掲載したのは講演のレジュメと秋元荘地図および秋元城のパンフレットをまとめた補助資料の2つです。
演題は「秋元家発祥の地・秋元荘」で、前年5月に現地を訪問した報告を中心に、秋元家の発祥の地とされている秋元荘(現・千葉県君津市)に現存する秋元家所縁の史跡等を紹介いたしました。
秋元家発祥の地・秋元荘
手元資料
令和元年
11月8日 10月3日の演題の②(続き)としまして、11月7日に生涯学習館林市民の会で講演を行いましたので、その講演資料を掲載します。
掲載したのは講演のレジュメと補助資料となる秋元家の江戸屋敷を江戸時代の古地図上に著した資料の2つです。
演題は「館林藩・秋元家の江戸屋敷②」で、秋元家の江戸屋敷移転の経緯及び中屋敷、下屋敷を紹介しました。また、秋元一族(分家)の屋敷も確認されましたので、併せて紹介しました。更に秋元家が山形から館林に転封するより170年ほど前に秋元家と邑楽郡の関係がうまれていたことを示す資料についても説明いたしました。
秋元家の江戸屋敷②
江戸屋敷(古地図)地図
11月8日 10月24日に生涯学習館林市民の会で講演を行いましたので、その講演資料を掲載します。
掲載したのは講演のレジュメと参考資料として千貫門のジオラマ設計図の2つです。
今回は館林城ジオラマの見学会で、前半は座学でジオラマ制作の経緯や制作過程について紹介。後半は実際に第一資料館展示の館林城ジオラマを見ながら、現在の地形との関係や個々の建造物についての説明を行いました。
館林城ジオラマ見学会
千貫門設計図
10月4日 10月3日に生涯学習館林市民の会で講演を行いましたので、その講演資料を掲載します。
掲載したのは講演のレジュメと補助資料となる秋元家の江戸屋敷(上屋敷)の地図の2つです。
演題は「館林藩・秋元家の江戸屋敷①」で、大名の江戸屋敷の始まりと役割の説明後、秋元家の江戸屋敷の内、上屋敷(9か所)を紹介しました。11月7日予定の②で中屋敷や下屋敷などを紹介する予定です。
秋元家の江戸屋敷①
江戸屋敷(上屋敷)地図
8月8日 6月28日の前編に続き、8月1日に生涯学習館林市民の会で講演を行いましたので、その講演資料を掲載します。
演題は「館林藩の幕末(後編) 館林藩の戊辰戦争と旧藩士の作る明治」で、昨年の「館林藩の戊辰戦争」という講演の内容をもう少し詳しく調べました。更に、戊辰戦争が終わった後の明治の世における旧館林藩士の活躍が、今日の館林にどのようにつながっているのかについてもお話ししました。
館林藩の幕末(後編)
8月8日 6月28日に生涯学習館林市民の会で講演を行いましたので、その講演資料を掲載します。
演題は「館林藩の幕末(前編) 戊辰戦争につながる館林藩の出来事」です。昨年も同じ場で「館林藩の戊辰戦争」という題でお話をさせていただきましたが、今年は雄略天皇陵墓修復と梁田戦争の話を付け加えました。
前編は戊辰戦争に出兵するまでの幕末の館林藩に起きた4つの大きな出来事についてお話ししました。
館林藩の幕末(前編)
7月24日 野外研修報告のページにも掲載しましたが、令和元年5月19日に行った野外研修「秋元氏発祥の地・秋元荘を訪ねて」について、少し詳しい報告を行います。
17人(館林文化史談会会員8名、非会員9名)の参加を得て、千葉県君津市に向かいました。3月度例会で現地学習の提案があり、それから急遽検討を開始しましたので事前準備がたいへんでした。それでも君津市の観光課様や清和公民館様からいろいろとご支援をいただき、実施にこぎつけました。
秋元荘は秋元氏が住んでいた当時のような雰囲気が残り、秋元城址も整備されて大切に保存されていました。また、「戦国の城 秋元城跡」や「秋元 歴史の道まっぷ」などの媒体も作成されており、君津の人たちの秋元氏への思い入れの深さに圧倒されました。
なお、研修当日も清和公民館様や天南寺様の温かいおもてなしを受けるなど有意義な研修旅行になりましたが、稔りある研修にするためには事前準備が大切だということを改めて痛感しました。
秋元荘訪問報告書